2008年03月11日
近代社格制度
どんな制度だったんでしょう?
近代社格制度(きんだいしゃかくせいど)とは、明治維新以降、律令制下の延喜式による制度にならって新たに作られた社格の制度である。第二次世界大戦後、政教分離によって近代社格制度は廃止されたが、今日でも「旧社格」などの名称で神社の格を表すのに用いられている。
1871年(明治4年)に太政官布告「官社以下定額・神官職制等規則」により制定された。1946年(昭和21年)2月2日、神道指令により神社の国家管理が廃止されるのと同時に社格も廃止された。なお、これ以前の初期段階の社格として神祇官直支配社(大奉幣社・中奉幣社・小奉幣社)や勅祭社(大祭社・中祭社・小祭社)があった。
官社
官社とは、祈年祭・新嘗祭に国から奉幣を受ける神社である。官社はさらに官幣社と国幣社に分けられ、それぞれに大・中・小の格が定められている。官幣社・国幣社をまとめて官国幣社ともいう。
官幣社は神祇官が祀る神社、国幣社は地方官が祀る神社とされた。官幣社・国幣社という名称や、上記の分類は、律令制の社格にならったものである。主として官幣社は二十二社や天皇・皇族を祀る神社など朝廷にゆかりのある神社、国幣社は各国の一宮を中心に列格された。官幣社・国幣社は、実質的には差異はない。しかし、例祭については、官幣社へは皇室(宮内省)から、国幣社へは国庫から幣帛が供進されたという違いがある(祈年祭・新嘗祭はどちらも皇室から奉幣を受ける)。また、社殿の装飾に菊の紋章を使用することは、当初は官幣社のみに許されていたが、明治7年に国幣社にも許可されるようになった。
後に、官幣社にも国幣社にも分類できない官社(当時の国体に功績を挙げた人物を祀る神社など)として別格官幣社の制度が導入され、明治5年に湊川神社が初の別格官幣社に列格した。別格官幣社は官幣小社と待遇の上では同じである。
国幣大社は当初は存在せず、大正4年に国幣中社の気多神社などが昇格したのが最初である。
(以上、ウィキペディアより引用)
大変な制度ですね。
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